平松昭良が、十年かけて学んだ機能美と常備菜

こんにちは、平松昭良です。東京・表参道で家具製造会社のインテリアデザイナーとして働きながら書いてきたこの料理ブログも、今回でひとまず最終回です。構造、余白、道具、光と、デザインの視点から料理を眺めてきましたが、最後はもう少し根っこにある話をさせてください。インテリアデザイナーとして十年あまり仕事を続けるなかでたどり着いた、機能美という考え方についてです。常備菜のレシピとともにお伝えします。

十年で削ぎ落とされてきたもの

家具のデザインを始めたばかりのころ、私はとにかく要素を足したがる人間でした。装飾を加え、形を凝らし、見る人を驚かせたいという気持ちが先に立っていました。けれども年を重ね、さまざまな現場を経験するうちに、本当に長く愛される家具ほど、削ぎ落とされた静かな佇まいをしていることに気づくようになりました。余計なものがなく、必要な機能が美しい形にぴたりとおさまっている。そういうものだけが、流行に左右されず使われ続けていくのです。

機能美という言葉があります。機能を突き詰めた先に自然と生まれる美しさのことです。見せるための飾りではなく、役割をまっとうするための形が、結果として美しい。この考え方は、後輩のデザイナーを育てる立場になった今、彼らに最も伝えたいことのひとつになりました。足すことよりも、何を残し何を削るかを見極めること。そこにデザインの本質があると、十年かけてようやく実感できるようになったのです。

飽きのこないものには理由がある

長く続く家具屋や、何十年と愛される一軒の店には、共通点があります。それは飽きがこないということです。派手さで一瞬の注目を集めるのではなく、毎日触れても心地よく、いつ訪れても安心できる。その飽きのこなさは、無駄をそぎ落とし、本当に必要なものだけを丁寧に磨き上げてきた結果として生まれます。私はこれを、料理にもそのまま当てはまる考え方だと思っています。

毎日の食卓を支えてくれるのは、特別なごちそうではなく、地味でも飽きのこない常備菜です。きんぴらや煮浸し、ピクルスのような料理は、華やかさこそありませんが、いつ食べてもほっとする確かな役割を持っています。役割に徹したそのシンプルさこそが、常備菜の機能美だと私は感じます。冷蔵庫にこうした一品があるだけで、慌ただしい日々の食事に、静かな安心が生まれるのです。

機能美の常備菜、きんぴらごぼう

最終回のレシピは、機能美を体現する一品としてきんぴらごぼうを紹介します。材料も工程も無駄がなく、それでいて何度食べても飽きがこない、まさに常備菜の代表格です。材料は作りやすい分量で、ごぼうを一本、人参を半分、ごま油を大さじ一、醤油とみりんをそれぞれ大さじ二、砂糖を大さじ一、白ごまと、お好みで鷹の爪を少々用意します。

ごぼうはよく洗い、皮をこそげてから細切りにし、水にさっとさらしておきます。人参も同じくらいの細さに切りそろえます。切り方をそろえることは、火の通りを均一にし、口当たりを整えるための、地味ですが大切な工程です。デザインで線の太さをそろえる感覚に少し似ていて、私はこの下ごしらえの時間が好きです。

鍋にごま油を熱し、水気を切ったごぼうと人参を中火で炒めます。全体に油がまわり、ごぼうがしんなりしてきたら、砂糖、みりん、醤油の順に加えます。汁気がほとんどなくなるまで炒め煮にし、最後に鷹の爪と白ごまを加えてさっと混ぜれば完成です。冷めていく過程で味がなじみ、翌日にはいっそう深い味わいになります。冷蔵庫で数日もつので、少し多めに作っておくと、忙しい日の食卓を静かに支えてくれます。

削ぎ落とした先にある豊かさ

完成したきんぴらは、見た目こそ素朴ですが、毎日の食事にそっと寄り添ってくれる頼もしさがあります。派手ではないけれど、なくては困る。長く使われる家具も、長く通われる店も、結局はこうした地に足のついた存在なのだと、改めて思います。豊かさとは、多くを持つことではなく、本当に必要なものを見極めて大切にすることのなかにあるのかもしれません。

五回にわたってお付き合いいただき、ありがとうございました。建築やデザインの視点で料理を眺めてみると、台所はちょっとした設計の現場のように見えてきます。構造を考え、余白を残し、道具と素材を選び、光で演出し、そして機能美に立ち返る。どれも私が仕事で大切にしてきたことであり、そのまま暮らしを豊かにする手がかりでもありました。みなさんの食卓にも、小さなデザインの発見が生まれることを願っています。

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