インテリアデザイナー・平松昭良の、はじめての料理ブログ
はじめまして、平松昭良と申します。東京・表参道で家具製造会社のインテリアデザイナーとして働いています。大学では建築を専攻し、卒業してからは十年あまり、家具のデザインや空間のコーディネートに携わってきました。このブログでは、そんな私が日々の料理を建築やデザインの視点から眺めたときに見えてくるものを、少しずつ書き残していこうと思っています。第一回のテーマは、誰もが一度は作ったことのある肉じゃがです。なぜ肉じゃがなのかといえば、この料理ほど建築の考え方が当てはまるものはないと、私はひそかに思っているからです。
料理にも建築にも、見えない土台がある
建築の世界では、完成した建物の美しさよりも先に、まず基礎や構造が問われます。どんなに意匠が優れていても、土台がしっかりしていなければ建物は長く立ち続けることができません。荷重がどこにかかり、力がどう伝わっていくのか。その見えない部分の設計が、結果として上に乗るすべてを支えています。私が大学で構造力学を学んでいたとき、繰り返し叩き込まれたのもこの考え方でした。
不思議なもので、鍋の中でも同じことが起こっています。肉じゃがを作るとき、私たちは無意識に材料を放り込んでいるようでいて、実はそこには確かな順序の論理があります。火の通りにくいものを下に、崩れやすいものを上に。この積み重ねの設計こそが、仕上がりの味を静かに決めているのです。料理を構造としてとらえると、いつもの煮物がまるで小さな建築のように見えてきます。
鍋の中の積層と荷重
具体的に考えてみます。肉じゃがの主役であるじゃがいもは、火が通るまでに時間がかかり、しかも煮崩れしやすいという二つの性格を持っています。これはちょうど、強度が必要なのに繊細でもある建材のようなものです。だからこそ、じゃがいもは鍋の底に近い位置、つまり熱の伝わりやすい基礎の部分に置きます。その上に人参や玉ねぎ、そして最後に肉を重ねていく。下から順に、火の通り方と荷重のかかり方を見ながら積層していくわけです。
ここで大切なのは、むやみにかき混ぜないことです。建築の途中で土台を揺さぶる人はいません。同じように、煮込んでいる最中に何度も鍋をかき回してしまうと、せっかく積み上げた構造が崩れ、じゃがいもは形を失い、味の通り道も乱れてしまいます。火にかけたら、なるべく手を出さずに、内部で起きている対流という名の力の伝達を信じて待つ。これが煮物をきれいに仕上げる、いちばん地味で確実な方法だと私は考えています。
平松昭良の肉じゃがレシピ
それでは、私がふだん作っている肉じゃがの作り方を紹介します。材料は四人分で、牛または豚の薄切り肉を二百グラム、じゃがいもを中くらいのもの四個、人参を一本、玉ねぎを一個、しらたきを一袋。調味料は、だし汁を四百ミリリットル、醤油とみりんと砂糖をそれぞれ大さじ三、酒を大さじ二ほど用意します。
まず、じゃがいもは大きめの一口大に切り、面取りをしておきます。面取りは煮崩れを防ぐための、いわば角の補強です。人参は乱切り、玉ねぎはくし形に、しらたきは食べやすく切って下茹でしておきます。鍋に少量の油をひき、肉を軽く炒めて表面の色が変わったら一度取り出します。この一手間で、肉のうまみが鍋全体の下地になります。
続いて、同じ鍋でじゃがいもと人参を炒め、油がまわったらだし汁を注ぎます。先ほど説明したとおり、火の通りにくいものから順に火を入れていくのが構造の基本です。煮立ったら玉ねぎとしらたき、そして調味料を加え、落とし蓋をして中火で十五分ほど煮ます。ここで取り出しておいた肉を戻し入れ、さらに五分ほど煮含めます。仕上げに火を止めてしばらく置くと、冷めていく過程で味が内側まで染み込んでいきます。この余熱の時間こそが、見えないところで完成度を引き上げてくれる最後の工程です。
土台を信じるということ
できあがった肉じゃがを器に盛りつけると、じゃがいもは角を保ったまま、味だけがしっかりと中まで通っています。派手な料理ではありません。けれども、順序を守り、土台を信じて待った料理には、どこか落ち着いた佇まいがあります。私が家具をデザインするときに大切にしているのも、結局はこの感覚なのだと思います。表面の華やかさではなく、見えない構造の確かさが、長く使われ、長く愛されるものをつくっていく。
料理も建築も、そして暮らしそのものも、目に見える部分だけでできているわけではありません。底のほうで静かに全体を支えている何かを意識できるようになると、毎日の食卓が少しだけ豊かに感じられるようになります。次回は、皿の上の余白と動線について書いてみようと思います。どうぞお付き合いください。
